小説 ひとのもの②


美咲は隣の部署の大内直樹と廊下で時々すれ違う時に挨拶する程度だった。

美咲の心の内を知られないように、わざと素っ気ない態度で挨拶をした。

ある日隣の部署の女性から、大内さんで結婚していて、子供さんも2人いて

愛妻家らしいよと聞いた。

美咲は胸が息苦しくなった。ひとのものなのね・・・・・とつぶやいた。

それから、もう直樹を目で追うことをやめ、思わないように努めた。しかしその行為が

余計に、美咲の心を暗くする。

ある春の頃、新入社員の槙野真一が美咲の向かいの席に来た。槙野真一は

事あるごとにに、色々な質問を美咲に聞いてくる。ちょっかいも出してくる。

なぜか美咲も悪い気はしなかった。

ある日槙野は美咲を飲みに誘う。美咲は槙野君は独身だし付き合ってもいいかなと

一緒に飲みにゆく約束をした。当日、美咲は赤いグロスをつけて出かけた。

槙野はよくしゃべり、よく笑う、そして美咲さんは歳より可愛いし、僕は断然好みですよという心地よい言葉にお酒がいつもよりすすんでしまった。

帰りには美咲は気分が悪くなり、吐き気もした、槙野は美咲の肩を抱き、休んでゆきましょうと強引に薄暗いホテルに入ろうとした。

美咲は酔いながらも私はそんなつもりはないと抵抗を心みる。ちょっとムッとした槙野は美咲に強引にキスしてきた。

こんなこと、こんなこと望んでない、と槙野の胸を押し退けて走り出す。

ただ、ただ惨めだった。なんて自分は馬鹿なのか・・・・赤いグロスをつけた唇を袖でふき取った。そしてビルの壁に向かって泣いた。大声で泣いた。

後ろから、神田さん何で泣いているの?とどこか聞き覚えのある声が聞こえて来た。

振り返ると、そこに大内直樹がたっていた。美咲は自分に今起きてる現実を大内に見られたくないと悲しみが増して涙が止まらなかった。

直樹はやさしく美咲の手をとり、近くの24時間のファーストフードに連れて行ってくれた。

何も聞かずに暖かい目で美咲を見ていた。胸が潰れそうだった・・・・私はこの人が好きだ、この人が好きだ。押さえていた心が噴き出し涙が止まらない。

何も聞かない直樹は美咲の隣で肩を抱き、美咲の手を握り朝になるのを待った。

店を出た時の朝日が美しかった。

2人は始発で別々の電車に乗った。美咲はもう直樹に対する気持ちを抑えることはできないと

朝日に向かって歩いた。

つづく

投稿者: Kayo

美容師から 古典、歎異鈔などのセミナー講師への転身、30年間北は北海道から南は沖縄まで全国を講座に回る。 2020年に退職し、夢に向かっての奮闘記や、ジェンダー問題をブログにて公開中! ★Bar経営 ★メンタルヘルス・マネジメント®検定試験Ⅱ種合格

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