小説 ひとのもの③

事あるごとに美咲は、直樹と一晩中手を握りあっていたことを思い出すようになる。

あの時、時間が止まってくれればいいと思った。綺麗な朝日を一緒に見た・・・・

それだけでいいのだ、大内さんはひとのもの。あの時間だけでいいんだと美咲は自分の心に言い聞かせた。

昼になると、直樹とはいつもの定食屋でよくあうようになる。言葉少なだが少し会話もするようになった。

大内は新潟に家族がいて、東京には単身赴任で来ていることも知った。

家族のことを知りたい気持ちと、聞きたくない気持ちが入り混じる、自分はどんな顔で直樹の話しを聞いているのだろうか。悲しい目をしていないだろうか??

私がこの人を大好きなことを知られていないだろうか・・・・・

そのうち、二人はお互いのことを美咲さん、直樹さんと呼び合うようになる。

ある日、美咲はどうしても直樹に聞きたかったこと尋ねた。「どうして、私がこの定食屋によく来てることを知っていたのですか?」

「毎日見てたから・・・・」えっ? 定員のいらっしゃいませの声にかき消されてはっきり聞こえなかった。

もう一度聞く勇気は美咲にはなかった、聞き間違いかもしれない・・・いやきっと聞き間違いだよ。 そして二人は無言で定食屋を出た。

直樹さんは私のことをどう思っているのだろうか、直樹さんには素敵な奥さんと子供さん達がいる。

2人がどうにかなることはきっとないことを美咲は知っている。ただただ、直樹が

美咲のことをどうに思っているのか、もし叶うことなら自分と同じ気持ちであって欲しいと願っていた・・・・・

今日も2人で定食屋にいた、突然 直樹は僕手話ができるんだよと言ってきた、

直樹が自分の趣味を話してくれたのだと思って笑顔になって聞いていた美咲だった。

しかし次の直樹の言葉に顔が硬直するのがわかった、「僕の子供、聴覚の障害なんだ、だから手話をならったんだよ」

何か言おうとしても喉に引っかかって言葉が出なかった。ただ瞳に涙がとまるのをおさえるのが精一杯だった。

美咲は直樹の手が好きだった、あの日二人で握りあっていた手は私のものでなく息子さんと手話で会話する手なのだと、美咲は浮かれていた心が砕けていった・・・・

やっぱり、直樹さんは、ひ・と・の・も・の

涙がこぼれ落ちた、出会わなければよかった・・・・

いつもの定食屋にいくと、直樹が座っていた、その姿を見たときに美咲は店に入ることをやめた。

他の店を見つけよう・・・美咲は歩きだす 直樹に逢いたい気持ちを振り切って歩きだす。

つづく